四国中央市 100年企業図鑑 | まいぷれ四国中央市
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激動の時代を乗り越え、伝統を守り続けた町の洗濯屋さんの百年史。

広い庭にたなびく、色とりどりの着物。
蒸気の音と、独特の糊(のり)の匂い。
かつて四国中央市(旧伊予三島市)の一角には、こんな風景が日常としてありました。
「100年企業図鑑」記念すべき第1回は、創業大正11年頃(1922年頃)。地域の人々の服を守り続けてきた「大西屋クリーニング店」の物語です。
創業当時に掲げられていたと思われる当時の看板
「正確な創業年ですか? 実は誰も分からないんです」
そう笑うのは、現在のお店を切り盛りするご主人。
残された記録や親族の記憶を辿ると、どうやら1922年(大正11年)頃には商売を始めていたようです。
驚くべきは、その前身。
屋号の通り、創業当時は「油問屋(大西屋)」でした。
なぜ油問屋がクリーニング店(当時は洗濯屋)になったのか?
詳細は歴史の彼方ですが、「汚れを落とす」という点では、油の知識が役に立ったのかもしれません。
二代目は戦時中、「食事班長」だったと言います。
戦時は、食べ物を持って帰ってくるなど家族を守りながら、戦後の混乱期においてもお店を維持しました。
かつては家の中に「井戸」があり、そこで洗濯をしていた時期もあったそうです。

ねじり鉢巻きの人物が当時の二代目
100年の歴史は、順風満帆ではありませんでした。
時代の変化はお店の在り方にも影響を与えます。
普段着が着物から洋服へと変わり始めた頃。
「着物専門でやり通したい」と主張する初代に対し、「これからは洋服もやらなきゃだめだ」と二代目が反発。意見が合わず、思うように改革が進まない時期があったと言います。
その停滞を打ち破ったのが、三代目の参加でした。若い力が加わったことで、大西屋は本格的に洋服クリーニングへと舵を切ります。
時代の変化に対応し始めると、お店は目の回るような忙しさに。当時は年末年始の休みなどありません。大晦日、世間がこたつで『紅白』を楽しんでいる間も、テレビを観る間もなく必死で働き続けました。

当時の「伸子張り」の様子。写っているのは二代目のご兄弟たち。
当時の工場は、今のように空調が完璧ではありません。お湯を沸かして発生させた猛烈な蒸気の中、二代目と三代目はランニングシャツ一枚になって汗を流しました。
二人が息を合わせ、反物を引っ張り合ってシワを伸ばす。
言葉少なに背中で語り合うその姿こそが、大西屋の技術継承の瞬間だったのかもしれません。
現当主であり四代目に当たる大西さん
現在のご主人がお店を継いだのは、27歳の時。
先代たちが築き上げた100年の看板は、若き後継者にとってあまりに重いものでした。
「未熟な自分が本当に継承できるのか...」
そんな葛藤を抱えながら、無我夢中でアイロンを握る日々。
ある日、常連のお客様からこんな言葉をかけられました。
「あれ、代が変わってたの?
いつも通り綺麗だから、全然気づかなかったわ」
それは、職人にとって最高の褒め言葉でした。
「綺麗にするのは当たり前」。
そんな先代からの教えを、知らず知らずのうちに受け継いでいたのです。

創業100周年を迎えた年には記念パーティが開催されました。
パーティーには、親戚や従業員だけでなく、近所の方、同業者の仲間、古くからの友人たちが大集合。
県議会議員からの挨拶や、ダンス、クイズ大会などで大盛り上がり。
会場に溢れるたくさんの笑顔こそが、「大西屋がいかにこの街で愛されてきたか」を物語っています。
取材後記
「大きな失敗をしないように、考えてから行動する」。
これもまた、大西屋に伝わる教えの一つです。
目の前の一着に誠実に向き合い、100年間「変わらない品質」を守り続ける大西屋の伝統とこだわりが、話の節々からも窺えました。
あなたのクローゼットにある大切な一着。
100年の歴史を持つ「大西屋クリーニング店」に預けてみませんか?
| 店名 | 大西屋クリーニング店 |
|---|---|
| 住所 | 799-0405 四国中央市三島中央2-6-9 |
| 電話番号 | 0896-23-5114 |
| 営業時間 | 8:00~19:00(定休日:日曜・祝日) |
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。